【社員のひとりごと】

開成工業の創業時のおはなし Vol.3

こちらの「社員のひとりごと」のコーナーは、私たちの事を色々な角度からご紹介したい、という思いから作りました。様々なテーマを用意し、皆さんにも興味深く、かつ便利な情報をお送りしたいと思います。

60周年を記念しまして、開成工業の創業時のお話を3部作でお届けします。

 

Vol.1では創業当時のサンドマット事業を始める前のお話、
そして前回のVol.2ではサンドマット事業参入のお話をお届けしました。

開成工業の創業時のおはなし Vol.1
開成工業の創業時のおはなし Vol.2

 

最終回のVol.3は開成工場移転のお話です。

開成工業設立から9年後の1958年(昭和43年)この土地は小田急電鉄に引き渡すことになります。
新駅である開成駅開設のためです。

移転先は、小田急電鉄に売却した土地から徒歩数分の場所にあり、現在の開成工場が所在しています。

創始者である安治郎は、酒匂川流域であるこの土地からは、豊富な地下水があると断言し、調査もせずに買収していました。

 

 

▲小田急小田原線 開成町開設当初

 

豊富な地下水が眠っているというカンは的中し、工場建設の際には多くの水が涌き出てきました。しかし、これがやっかいなことに、今度はこの水の量が多すぎて工事が進まないほどだったそうです。そこで、安治郎が考えた案がこれまた面白いものでした。それは消防車を利用して湧水を吸い取ってもらう、ということです。安治郎の人柄や人脈、ネットワークがあったからこそ、出来た裏ワザだったのかもしれませんね。

 

▼開成工業敷地内の大山阿夫利神

そんな湧水は、現在も枯れることなく、開成工業を潤い続けてくれています。
サンドマットは、砂を投射した後に綺麗な水で洗浄する必要があり、この水なしでは今のサンドマット事業は成り立ちません。また、工場敷地内にまつられている大山阿夫利神社の前には池が作られ、社員の癒しの場となっています。

 

さて、60周年を記念しまして、開成工業の創業時のお話を3部作でお届けいたしました。
(前回までのおはなし)
開成工業の創業時のおはなし Vol.1
開成工業の創業時のおはなし Vol.2

 

開成工業は、創始者の中村安治郎の鋭いカンと、行動力、そして柔軟な発想力によって開成工業は創設されました。そんな思いを、現在の社員も、そしてこれからも、引き継いでいきたいと感じています。

ご拝読頂きまして、ありがとうございます。