【社員のひとりごと】

開成工業の創業時のおはなし Vol.1 

令和元年12月27日

 

いつもお世話になっております。

早いもので、年末のご挨拶をさせて頂く時期となりました。
本年は格別のご愛顧を賜り、誠に有難く厚くお礼申し上げます。

さて開成工業株式会社は本年10月に60周年を迎えました。
これもひとえに皆様のご支援とご厚誼の賜物と深く感謝しお礼申し上げます。

そこで60周年を記念しまして【社員のひとりごと】というシリーズをスタートします。先ずは開成工業の創業時のお話を3部作でお届けしますのでご拝読頂けましたら幸いです。

 

【社員のひとりごと】 開成工業の創業時のおはなし Vol.1

こちらの「社員のひとりごと」のコーナーは、私たちの事を色々な角度からご紹介したい、という思いから作りました。様々なテーマを用意し、皆さんにも興味深く、かつ便利な情報をお送りしたいと思います。

今回、創業当時のことをよく知る方にお話を伺ってきました。現在の社員でも知らなかった裏話も出てきて、おもしろい会談になりました。

 

開成工業は、今から60年前の1959年(昭和34年)10月に、パナック工業の創始者でもある中村安治郎によって創設されました。

安治郎は、カンと行動力のある人と周囲から言われていました。彼が創設場所として選んだのが、神奈川県足柄上郡開成町吉田島です。パナック工業が所在する南足柄市広町から車で10分程の距離のところにあり、今でこそ新しいマンションが建ち並びベッドタウンとなっていますが、当時は田園風景の広がるのどかな場所でした。

▲旧開成工場地鎮祭の様子(中村安治郎は左から2番目)

 

しかし、勢いで土地を買ったはいいものの、肝心の仕事がありません。特に事業計画もないまま、土地だけを買ってしまったのです。

そこで、安治郎はいろいろと考えました。

まずは、クリーニング産業への参入です。パナック工業では、当時からプラスチックフィルムの洗浄リサイクルを手掛けていました。この関連で、洋服の洗濯・クリーニングをやってはどうか?という案だったそうです。しかし、あまり上手くいきません。

そこで、発想を大幅に転換し、なんと自動おにぎり機を導入しお弁当屋を始めると言い始めたそうです。きっと、現在の開成工業を知る方が聞いたら、びっくりする話だと思います。

さすがに、お弁当屋は当時の社員から反対されたようですが、創業者は現在では当社のコア事業になっているフィルム関連の仕事にはこだわらず、柔軟な考えを持った人だったようです。

 

そして創業から約3年後の1962年(昭和37年)、世の中はプラスチックブームがおこりサンドマット事業を始めることとなりました。

 

さて、今回は創業当時の開成町のお話とサンドマット事業を始めるまでのお話をお届けしました。

Vol.2の次回はサンドマット事業参入のお話をお届けしたいと思います。お楽しみに。